監督 マイク・トーリン
キャスト
キューバ・グッディング・ジュニア…ラジオ
エド・ハリス…コーチ
アルフレ・ウッダード…校長
軽度の知的障害を持った青年と
アメフトのコーチとの友情を描いた実話。
見るまでは勝手な予測で
ラジオがアメフト、もしくはバスケに
ずば抜けて長けてる実力者なのかと思ってた。
ほら、「フォレストガンプ」のように
走ることでぐんぐん周りから賛辞を浴び、
一躍スターになっちゃうのかと。
実話なんで、そこまでお伽話ではなかった。
キューバさんがこんな難しい役をするなんて!
しかも全く違和感がない。
年令だって当時彼は30代だってのに、10代の役。
ラジオ役、高校生に溶け込んでる。すっげえ!
コーチがなぜラジオにここまで介入するのか
(事情は後程セリフで娘に告白してますが)
そして
他の人の「泣きながら見た」等の感想を読んだりしてると
どうにも私は冷たい人間なんじゃないかと
後ろめたさというか、自分は非情な奴だなと落ち込みました。
みんながみんな、コーチのような菩薩様に値する行動は
とれないと思うので
それを行動に示していったコーチは命の位が高い人だと。
あ、なんだか仏教みたいな用語になってしまった。
ホントなら皆が心優しい人たちばっかで
障がい者のみじゃなく、社会的弱者に対しても
寛容に間口広く開けて受け入れるなら
どれほど幸せな世界になるのかもしれない…。
ずいぶん遠回しな言い方にしちゃいましたが
この映画見ながら、あることを思い出したんです。
30年くらい前に私にもラジオのような同性の知り合いがいました。
コーチとラジオのような関係でなく、
対等にたまに遊んだり電話したりという関係性。
彼女は良く言えば警戒心なく、あけっぴろげな性格。
悪く言えば人に好かれたいがために
なんでも物を人にあげる、身体まであげることをしてました。
その都度、それは良くないもっと大切にしてほしいと
伝えてたりしてました。
わかったと言っても、次に会えばまた同じことを。
私の性格上、あまり自分のパーソナルスペースに
いきなり深く入ってこられると敬遠してしまうタイプです。
徐々に心開いて、親密になっていく関係を好みます。
(みんなそうだと思うんですが違うのかな)
彼女はそれに気づいてくれなくて、
ハッキリ言っても少しすると忘れてしまうのか…。
コーチのように器がでかくない私は
彼女との関係をシャットダウンしました。
それでも電話番号を変えるまで彼女からは
度々電話がありました。
彼女の本来の性格なのか、知的云々でなのかは
もう今になってはわかりませんが。
彼女を受け止めきれなかった非情だったあの頃の私が
この映画を観て蘇ってきたんです。
話が長いのでだいぶ割愛しました。
校長と保護者が理髪店に集まって会合する高校って変だわ。
ラジオを生徒として受け入れ許可した高校側はさすがアメリカ。